閉ざされた心にそっと吹いた春の風のような物語 - 「ギルバート・グレイプ」

  • 1. 閉ざされた心にそっと吹いた春の風のような物語
    名前:My Sunshine 投稿日:2018/01/31 10:22:59
  • 「何もかも置いてここではないどこかへ行ってしまいたい」と走り出すが、結局は引き返せざるをえない、どこにも持っていきようがない閉塞感と孤独がジョニー・デップの演技から痛い程伝わってくる。ディカプリオは紛れもなく知的障害を持つ18歳の青年そのものだった。が、何よりも私はジュリエット・ルイスの何気ない台詞から感じる果てしない母性愛に、「私もこんな愛情あふれる女性になりたい」と強く思うのだった。
  • 2. ギルバートのような感性を大切にしたいと強く感じた。
    名前:おっとさん 投稿日:2018/02/03 15:25:01
  • 寡黙な主人公の振る舞いを通して、家族について考えさせられた作品だった。
    一つ一つのエピソードを通じて、主人公ギルバートの、弟への深い愛情と、母への思いが伝わってきた。少しずつこの家族の事情がわかってくるところは、観客が、まるでグレイプ家を見守る友人のうちの、新しい一人としての視点でこの映画を見ているような気がした。
    地下室に入れない心情が描かれているシーンでは、父への複雑な思いも感じられた。家族への様々な場面での振舞いには、父を亡くした後、貫かれてきたであろうこれまでの家族への姿勢が想像できた。
    知的障害の弟役をディカプリオが熱演。ジョニー・デップの各場面での寡黙で微妙な表情も兄弟関係(特に兄の愛情)を際立たせていた。
    配達先でギルバートと密かな関係のあった婦人が、田舎町を離れるときの、
    「自分の子どもたちにもあなたのような人になってもらいたい」という台詞が凄く心に響いた。
    田舎の個人商店と街の大規模チェーン店の対比と、後半にあった、田舎町にハンバーガーチェーン店が進出してくる様は、顔の見える温かな人間関係のある田舎町が、次第に人間関係の希薄な社会へと変わりつつあるという暗喩にみえた。
    最後の火葬?シーンでは、主人公に感情移入していたはずなのに、とても複雑な感情が蠢いていることに気づいた。
    観終わって、自分は家族を本当に大切にできているのだろうかと考え込んでしまった。
  • 3. あの頃
    名前:micareta 投稿日:2018/02/21 20:01:04
  • 約25年前、劇場で観たギルバート グレイプは、観客がたった3人だった事を思い出す。朝いちばんの上映だった。
    大好きな映画で、その後もビデオを何度もレンタルし何度も観、DVDも買ったが、今日劇場で約25年ぶりに観たギルバート グレイプ、終わって「あの頃どんな思いで、どんな状況でこの映画を観たのか」と思ったら、涙が出てきた。
    ジュリエットルイス演じるベッキーの存在・人物像がとても印象深く、当時から憧れでもあり、
    またギルバートの言う “ l wanna be a good person.”が、25年間心に残るフレーズです。

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