ベニスに死す - 「ベニスに死す」

  • 1. ベニスに死す
    名前:むーこ 投稿日:2019/09/06 20:40:47
  • 本日鑑賞させていただきました。
    20代で夢中になって何度も見た頃は、自分は確実にタジオ少年側から物語を見ていたのに…今回はなんとアッシェンバッハ教授側に立ち位置が変わって見ている自分がいました 笑
    アッシェンバッハ教授、体がお辛いのだなぁ…って、手に取るようにわかりました。歳をとるとはこーいう事ですね。
    それから、今回の上映、タジオ一家の外国語も一部翻訳されていて、驚きました。タジオ、美しいお母様はこんな風に会話されていたんですね、もう感謝しかありません。本当にありがとうございました。そして美しいタジオ少年、永遠に…私もあなたを愛していますよ。
  • 2. 美について考えました。
    名前:おっとさん 投稿日:2019/09/21 14:22:45
  • 主人公とその友との間で交わされる、芸術の本質を追求する対話のシーン。主人公の苦悩に加え、その考え方の本質が伝わってきた。ちょうど美少年の存在を知った時にその対話シーンが挟まれることで、努力によって究極の美は生み出せるとする主人公の哲学を揺るがすような出会いであったことを感じさせた。
    美しさの表現を追求し悩み続ける主人公のこれまでの生き方を示すシーンと、静養のために訪れたベニスでのゆったりした時間の流れの表現のバランスの良さ。主人公と目があった時の少年の表情は、場面のたびに僅かずつ違い、特に微かに微笑むシーンはモナリザの口元を連想した。ほんの極々僅かの口元の変化、表情に、主人公の感情が揺れ動く。
    台詞のない、そのような表情の演技で、揺れ動く心の微妙な変化を感じた。説明がない分だけ、無意識に理解しようと観てしまうので、自分の感覚と共鳴する部分を自分で探し出してしまうような見方をしてしまっていると感じた。こちらの心も引きずりこまれてしまったのはそのせいだと思う。
    撮りたい絵にあった表情を表現できる人物として、監督が探しまわって見つけた俳優なだけあるなと後で解説を見て思った。不思議な魅力を感じた。この作品の雰囲気や、作品の空気は、この俳優の表情なしには創り出せないように感じた。
  • 3. 砂時計
    名前:大学4年 投稿日:2019/09/27 00:51:58
  • 対比が美しい。特に最後のシーン。
    海と陸。黒と白。直立と座位。若さと老い。生と死。
    いくら努力しようとも決して到達し得ない美しさ。
    その美は存在そのものが尊い。砂時計はひっくり返した瞬間からゆっくりとしかし確実に落ちていく。生から死へと。
    砂が減っているのに気づくのは砂がほとんど落ちてからだと言う。
    自分の力では到達できない美しさを生命という砂をすり減らしながらみた彼。ヴェニスでの療養のはずが逆に心身を痛ませる結果になった。
    砂時計の砂は上にはいかない。それは、美を追求する彼がみたものを忘れることができないように。彼もまた椅子から落ちた。広い砂浜へと。
    彼は美を追い求め、その中に沈んでいった。彼がかつて愛していた子の死は彼をより観念的な海に身を沈めさせたのかもしれない。
    現実の悲壮は現実で癒すか、現実とは遠く離れた場所に訪れることでしか癒えないからだ。
    後者をとった彼はヴェニスに死す。優美の化身が波の中で踊り輝くのを目にしながら。

(承認制につきまして)

  • 「午前十時の映画祭」のBBSは映画祭運営事務局の「承認制」です。
  • 書き込み後、すぐには反映されません。
  • 承認されなかった書き込みについての「未承認」の通知は致しませんので、
    1週間以上表示されない場合は「未承認」となります。
  • 以上の「承認制」をご理解の上、「みんなのこえ」をご利用ください。

【書き込み時の注意事項】

  • 午前十時の映画祭の趣旨に沿った内容を書き込みしましょう。
  • “話題”を新規設立する場合は、既に似たような“話題”がないことを確認しましょう。
  • 言葉はできる限り柔らかく表現をしましょう。
  • 議論は歓迎です。しかしながら、他の人が気分を害するような言い合いは自重してください。
  • 個人情報は他人、自分関わらず決して載せないでください。
【この話題に投稿する】

このページの先頭へ